「つどい場さくらちゃん」「まじくる」って?〜つどい場での日常からみえるもの

こんなところが奈良にもいっぱいできると良いと思います。

 

『つどい場さくらちゃん』http://www.geocities.jp/tsudoiba_sakurachan/

介護ご家族やご本人が ゆったりと流れる時間の中で・・・
美味しいものがあり   おしゃべりがあり
泣ける所であり   笑いがあり
介護の情報があり   出会いがある
そんな「集える場所」を目指します。

介護で気持ちがいっぱいのあなた!
さくらちゃんでお茶を飲みながら、
お昼ごはんを食べながら…一息つきませんか?

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僕も3度お邪魔しましたが、とにかく言葉ではこの素晴らしさは表現できません。
ぜひ皆さんも足を運んでください。
いつでも素敵な笑顔と、美味しい料理で迎えていただけます。

先日、代表の「まるちゃん」こと丸尾多重子さんのお話をきいてきました。
下記、知人の文章を引用いたします。

 

 介護にかかわって20年のベテラン、まるちゃんこと丸尾多重子さんは遠慮がない。デイサービスの車を「拉致車」という。「お年寄りは皆、出かけたいのに、安全安心とかいって、夕方まで施設に閉じ込めて、自由を奪う。拉致と同じやないか」。また、買い物を安易にヘルパーに任せてしまうのもおかしいと。「買い物は本人が行って、選ぶものでしょ。大きなスーパーなら車椅子でも行ける。だめならワゴンで移動販売に来ればいい。発想の転換をしないと」。これまでの介護の常識をズケズケ批判するが、憎めない。まるちゃんの愛される人柄だからだろう。
まるちゃんのNPO「つどい場さくらちゃん」は、阪神西宮駅前の一軒の日本家屋である。施設ではない。介護保険事業者でもない。説明がむずかしいのだが、「つどい場」と呼ぶのがふさわしい。それに、いつでも500円でまるちゃん手づくりのおいしい食事がいただける。だから、人の訪問が絶えない。

生きることは、食べることである。体が動かなくなっても、食べる欲求は萎えることはない。にもかかわらず、高額な有料老人ホームやケアハウスの食事のお粗末なこと。管理された食事に食欲はそそられない。食べられないのではなく、食べたくないだけなのに、病院では簡単に胃ろうの処置となる。
 介護の世界では、食べることがないがしろにされている。ご馳走でなくていい。食材や調理の心づくしや一緒に食べる仲間が欲しいのだ。施設で決まった食事をあてがわれている人は、場所が変わるだけで食べるようになる。同質な人どうしではなく、いろんな人と「まじくる」(まるちゃんの造語:いろんな人が混ざり合い、語り合う)ことで、元気をもらう。社会との隔絶感や孤立感に悩む介護家族が、ここで生き直すのだ。

 そんなわけで、つどい場さくらちゃんには、多様な人たちが「食を目当てに」やってくる。介護者、介護専門職、医療者、行政や社協、大学、学生、地域の活動者、そして本人も…人を支えるのは、やはり人しかいない。あたたかな食卓の上で、人と人の関係の糸がていねいに紡ぎ直されていく。これも、「場の力」なのだ。
 しかし、笑いはいい。関西のおばちゃんは、通天閣をエッフェル塔に、淀川をセーヌ河にたとえて、話をする。「とにかく一緒にメシを食わないとだめ。お茶では、ただの会議になる」には、私も大笑いしてしまった。


(文責 浦嶋偉晃)

 

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コメント: 1
  • #1

    田中静子 (土曜日, 02 3月 2013 18:36)

     ブログを拝読させていただきました。摂津市で集い場づくり講座(3回連続)を開催しました。講師はもちろん丸尾さんです。本日は番外編として講座修了生で「集う場づくり」に向けての会議をして25年度には実現したい!と歩みを始めました。

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